拙著『宇喜多秀家』(シリーズ実像に迫る13/戎光祥出版刊)刊行

諸般の事情でお待たせしましたが、
拙著『宇喜多秀家』(シリーズ実像に迫る13/戎光祥出版刊)
が刊行の運びとなりました。
出版社さんのページはコチラ  ※コチラからも購入できます。

一足早く↓↓↓見本が届きました。
実像に迫る13「宇喜多秀家」

このテーマで刊行を決断された出版社さんのご厚意や
貴重な史料写真をご提供いただい多くの史料所蔵機関、
執筆過程でお世話になった皆さんに深く感謝です。

原稿提出は今年の2月でしたが、編集者さんの助言もあり、
校正のたびに少しずつ書き足した結果、このシリーズの書籍では恐らく一番情報量の多いものになったのではないかと思っています
先行研究や典拠史料もなるだけ注記して、研究者の方にも便利な書物になるよう気を配りましたが、いかがなものでしょう?

戎光祥出版さん刊「シリーズ実像に迫る」のページ数は……96頁(№1~6)→104頁(№7~11)→112頁(№12~)と増えています。価格は同じです。

また、書名は「宇喜多秀家」ですが、16世紀初めから明治維新までの宇喜多一族の動向を追いかけることになりました。基本的に過去にまとめた論文集(『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』岩田書院刊、2010年ほか)をわかりやすく再構成したのですが、八丈島関連の部分などには、多くの新出史料(同時代史料)からわかった最新の研究成果を盛り込んでいます。

それから巻末の年表は、拙著『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』(岩田書院、2012年刊)掲載のものの増補改訂版です。紙幅の許す限り情報を詰めてます。
他の書籍では見たことがない情報(秀家の側近中村次郎兵衛家正や、秀家の養女寿星院〔伏見宮貞清親王室〕の命日など……)がいろいろあるはず。

書店に並ぶのは来週以降のようですが、お目に留まりましたら手に取っていただけるとありがたいです。

***

さて、こちらの書籍にも寄稿しております。

五野井隆史氏監修『キリシタン大名 布教・政策・信仰の実相』(宮帯出版社、2017年9月刊)

一般読者・専門家を問わず、いろいろ勉強になる便利な一冊になっているのではないかと思います。

さて、私は(例によって?)「明石掃部」のページを執筆しております。
拙著『宇喜多秀家と明石掃部』(岩田書院、2015年刊)のうち明石掃部に関する部分をコンパクトにまとめたものです。
最後に2点、掃部に関する新しいこと(俗説の否定)を述べてますので注目していただければと思います。
(とはいえ、原稿は2015年のお正月に出版社さんに送ったものです)
スポンサーサイト

【2016年】今年一年を振り返って/今年書いたもの

多忙にかまけて更新が疎かになっております。

この一年程のうちに頂いた御本のなかから、個人的にとくに印象深かったものをご紹介したいと思います。文庫・新書は除き、なかなか手に入りづらい?ものが中心です。

・萩原大輔『武者の覚え 戦国越中の覇者・佐々成政』(北日本新聞社、2016年7月)
・神田宏大・大石一久・小林義孝・摂河泉地域文化研究所編『戦国河内キリシタンの世界』(批評社、2016年8月)
・小川雄『徳川権力と海上軍事』(岩田書院、2016年9月)
・中山一麿編『神と仏に祈る山 美作の古刹 木山寺社史料のひらく世界』(法蔵館、2016年11月)


萩原さんの『武者の覚え』は新聞連載をもとにしたもので、手堅い内容ながら非常に読みやすい人物評伝。『戦国河内キリシタンの世界』は、版元のサイトに詳しい紹介がありますのでご参照くださればと思いますが、執筆者の方々それぞれの思いが文章から滲んでくる、そういった御本のようにお見受けしました。『徳川権力と海上軍事』は小川さんの史料博捜ぶりが十二分に堪能できる研究論文集、最後の『神と仏に祈る山』は、豊富な図版や史料紹介に研究論考も加わる贅沢な一冊です。

***

さて、今年一年で書いたもの、やったことなどのまとめ、覚書です。
以下の通り、昨年同様、宇喜多氏中心ですが、前田氏研究にも手を拡げています。
また、前田利長の発給文書の収拾作業は継続中で、どこかで機会があれば、下記の1400通程度に、さらに100通程度?を加えて文書目録補遺…といったものをまとめたいと思っておりますが、なかなか時間が許しません。もちろん、それでも全部ではありません。利長発給文書の8割程度かと思います。
それから。宇喜多氏関係でいえば、森脇崇文さんの論考「文禄四年豪姫「狐憑き」騒動の復元と考察(『岡山地方史研究』138号、2016年4月)が興味深く、また、いつもながらの精緻なお仕事ぶりが際立っていたように思います。

著書・編著書
・『前田利家・利長』(シリーズ・織豊大名の研究 第3巻)(戎光祥出版、2016年8月刊行)
 ※編著書。「総論 織豊期前田氏権力の形成と展開」および附録「前田利長発給文書目録稿」を担当。
・『論文集 宇喜多秀家の周辺』増補版(宇喜多家史談会、2016年12月刊行)
 ※昨年=2015年12月発行の同名著書(以下元版)の増補版です。単著。
 ※収録論考
  ・「樹正院の後半生」(元版から一部史料等を増補)
  ・「宇喜多孫九郎秀隆の基礎的考察」(元版から一部史料等を増補)
  ・「中村家正関係史料目録稿」(元版から一部史料等を増補)
  ・「『乙夜之書物』にみる宇喜多騒動」(新稿)
  ・「明石掃部の娘」(『宇喜多家史談会会報』59号(2016年7月)の同名拙稿に一部加筆)
  ・「明暦二年の浮田小平次」(元版から一部史料等を増補)
  ・「加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類」(拙稿「加賀藩前田家による八丈島見継について―享保七年の事例―」『宇喜多家史談会会報』60号(2016年10月)および拙報告「十七世紀前半における加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類」(加賀藩研究ネットワーク第22回研究例会、2016年3月27日)の内容等に大幅加筆)

<論文その他>
・「直家登場以前の宇喜多氏」(『戦国史研究』71号、2016年2月)
・「八丈島の宇喜多孫九郎」(『宇喜多家史談会会報』58号、2016年4月)
・「明石掃部の娘」(『宇喜多家史談会会報』59号、2016年7月)
・「加賀藩前田家による八丈島見継について―享保七年の事例―」(『宇喜多家史談会会報』60号、2016年10月)
・「没落後の宇喜多氏」(『岡山地方史研究』140号、2016年12月)

 ※以上の五篇いずれも史料紹介が中心。

<講演その他>
・「樹正院豪姫と宇喜多秀家」(「前田土佐守家資料館連続講座」2016年2月7日。於金沢市)
・「十七世紀前半における加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類」(加賀藩研究ネットワーク第22回研究例会、2016年3月27日。於金沢市)

 ※その他、「宇喜多秀家☆フェス」(2016年10月9日。於岡山城天守閣前)、山陽新聞朝刊さん太タイムズ(2016年12月11日発行分)など。

【新刊】拙編著『前田利家・利長』等について

また随分更新が滞りました。今回もかいつまんで……。

このたび、

拙編著『前田利家・利長』(シリーズ・織豊大名の研究 第3巻)戎光祥出版、2016年8月

を上梓いたしました。
執筆者の皆様をはじめご協力いただいたすべての方に、厚く御礼申し上げます。
詳しくはコチラ(戎光祥出版さんのHP)をご覧いただければと存じます。
収録論考9編はどれも基礎的かつ堅実なものばかり……、先行研究の重厚さを痛感します。
また、前田利家・利長・利政(利長弟)の三者の発給文書リストが
この一冊の中に揃いましたので、いろいろと便利な本になっていようかと思います。

ここでは、かいつまんで筆者の担当「総論 織豊期前田氏権力の形成と展開」について若干の紹介。

この論考では大名権力前田氏(利家~利長代)についての研究史整理と概説を試みましたが、
前田氏権力にとって一つの画期となった慶長4年(1599)9月以降の利長の動向には、
とくに注意を払って(紙数を費やして)新知見を示したつもりです。

端的に言えば、上方の徳川家康を中心とする豊臣公儀に対して、
表面上は忠誠・異心なき姿勢を繰り返し示した一方で、
裏面=領国内においては軍備の増強に余念なく、領国の防衛(それもかなりの程度)を
急ピッチで固めていたことを、新出の同時代史料を軸に指摘しました。

また、利長発給文書の収集をもとにその花押の分類・整理も行ったわけですが、
結論だけかいつまめば、この慶長4年という年に、利長は一旦は改めた花押を、
また元に戻してしまうことが明らかになりました。
その背景には、恐らくは上記の徳川家康との関係と考慮すべきという点も
本文中に指摘した通りですが、ただし、通説のごとき慶長4年冬の「加賀征伐」「加賀の陣」
(家康の主導による前田利長の征伐)計画といったものには、
その存在自体に疑問を呈しました(否定しました)。
論拠等、詳しくは拙稿をご確認いただければと思います。

そのほか、宇喜多氏についても何点か、前田氏と比較したり絡めたりで言及しています。
八丈島における宇喜多孫九郎(秀隆。秀家嫡男)の異常や、
大坂の陣後、加賀国の芳春院(前田利家後室)に保護された明石掃部の娘※のことなど……。
拙稿「明石掃部の娘」(『宇喜多家史談会会報』第59号、2016年7月)もあわせてご参照ください。

**********************************************************

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

【受贈御礼】『岡山県立博物館研究報告』第36号

内池英樹さんから以下の新刊冊子をご恵贈いただきました。
ここにご紹介して感謝に代えさせて頂きます。

『岡山県立博物館研究報告』第36号(2016年3月)

<目次>
・和田剛「真庭市・木山神社の新出神像について」
・重根弘和「真葛香山の虫明焼―二つの十二ヶ月茶碗」
・佐藤寛介「近代木彫の巨匠平櫛田中と人間国宝の刀匠宮入行平~親交の記録~」
・内池英樹「鈴木家文書について~戦国時代末期の新出資料~」


内池さんの史料紹介は、備中の在地領主鈴木氏に関するものですが、
いずれも鈴木氏のその時々の立場を反映していて、大変興味深く拝見しました。
16世紀後半の備中国の複雑な情勢、三村・伊賀・宇喜多といった勢力の角逐は、
こうした地道な史料調査・研究によって、今後もその理解に変化(深化)が加わっていくのだろうと思います。

***

今月末(3/27)になりますが、金沢で以下のような報告をします。
未活字/新出史料を扱うのは、なかなか難しいものです。

加賀藩研究ネットワーク第22回研究例会
報告「17世紀前半における加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類」

例によって宇喜多秀家についての話が多くなりそうです。

**********************************************************
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

【補足】拙稿「直家登場以前の宇喜多氏」

標記の通り拙稿「直家登場以前の宇喜多氏」(『戦国史研究』71号、2016年2月)が刊行されました。
原稿執筆や掲載等々お世話になった皆様に深く感謝申し上げます。

校正の時に直したはずの箇所が直っていない…ということがありまして、
23頁下段7行目の「」の字は不要です。
手元にコピーをとってあったゲラを見ても直してるので、朱の入れ方が悪かったか…
すいませんが以上訂正です。

今後どなたかの議論にとって、有益な土台たりえればと思います。

**********************************************************
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
プロフィール

zeigen

Author:zeigen
戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)など。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード