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『倉敷の歴史』第20号と、拙稿「宇喜多騒動をめぐって」(『日本史研究』573)

畑和良氏から『倉敷の歴史』第20号をいただきました。
この場をかりて厚く御礼申し上げます。

目次は以下の通り。ご覧の通り盛りだくさんです。

『倉敷の歴史』第20号(2010年3月)

■特別寄稿
 中野美智子氏「高梁川流域用水問題と広域文書館」
■論 文
 畑和良氏「猿懸城合戦と毛利氏の備中国経略」
 前田昌義氏「児島醤油株式会社と岡山県の醤油醸造業」         
 中野茂夫氏「戦前倉敷の道路行政と都市計画」
■ノート
 間壁忠彦氏「倉敷川畔伝統的建造物群内の漆喰塗り「奉行窓」」 
 藤原好ニ氏「狛犬石工銘に関する考察 そのニ―徳松と吉松―」
■聞き書き昭和史
 河合達朗氏「児島の繊維業界の変遷」
■郷土史家紹介
 大森久雄氏「花田一重―その事績と著作目録―」 
■史料群紹介
 総務課歴史資料整備室「倉敷市所蔵安藤弘志氏寄贈写真・フィルム」
■アラカルト
 山本太郎氏「小堀正次の書状」                          
■報 告
 総務課歴史資料整備室移転のお知らせ
■新刊紹介·投稿要領·歴史資料整備室日誌

いただいた雑誌のなかでは、畑氏も興味深いお仕事をされています。
論文のタイトル通り猿掛城合戦の年代と意義とを、
先行研究、新出の一次史料、後代の編纂物を適宜駆使しながら明らかにされています。

私自身も痛感するのですが、
原史料は博捜、先行研究もしっかりおさえる、これはとても大切です。
また、岡山県地域のように一次史料の残存量が(相対的に)少ない場合、
覚書であったり、地誌であったり…と編纂物を
(一次史料に対して)補完的に利用することがあります。
一次史料だけではわからない空隙は、現代人の(勝手な?)想像で埋めるよりも、
同時代人や、その時代の子や孫の世代の人々の認識や、伝承を参考にしたほうが
有効な場合もあるわけです。

でも、「編纂物しか使わない!」とか、
一次史料がほとんどないのに(無理して)「一次史料だけしか使わない!」
と極端になってしまうと、自分で自分の首を絞めることになってしまうわけです※

※出来上がった論文なり歴史叙述が、いびつになる可能性があります。
 もちろん、そう考える人がいるのも当然で、その考え自体は問題ではないと思います。
 私自身も「宇喜多秀家と豊臣政権」(『年報赤松氏研究』第3号、2010年)など、
 残存史料の少ない宇喜多氏を題材としながら、一次史料のみで議論をすることもあります。
 ただ、その考えを無理に押しとおして議論がガタガタになる or 議論にならない
 …というのが問題なわけです。

えらそうに書きましたが、そういうことを念頭において私も下記の文章を書きました。

拙稿「宇喜多騒動をめぐって―光成準治著『関ヶ原前夜』第五章への反論―」
(『日本史研究』第573号、2010年)

久しぶりに全国誌に載せていただきました。感謝のほかありません。
日本史研究会のHPはコチラです。

今日は少し長くなりましたのでこのあたりで失礼します。
下記の拙著も引き続き宜しくお願い致します。

大西泰正著『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』
(岩田選書◎地域の中世⑦)岩田書院

2010年4月刊行・A5判・218頁・並製本・カバー装・2800円(税別)

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)など。

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