【受贈御礼】山元泰生氏『新納忠元』/嵯峨野・常寂光寺

作家の山元泰生氏より、下記の新著を頂戴いたしました。
この場をかりて厚く御礼申し上げます。

『新納忠元』(学陽書房・人物文庫、2011年1月)

昨年の『明石掃部』(学陽書房・人物文庫)に続いて、
戦国期の島津氏の家臣新納忠元(1526~1611)について一冊の小説を書き上げられました。
ご健筆を振るわれています。
「終章―あとがきにかえて―」を拝読すると、
著者は子供時分から、鹿児島出身の御父君に「幕末維新の西郷さん」と並ぶ郷土の英雄として
「戦国の新納さん」のことを聞かされていたとの由です。

私自身、この人物について知るところが少ないのを遺憾としますが、
思いがけず、新納忠元という人物の名を覚えることができたのを喜びとしたいと思います。
ありがとうございました。

***

さて、掲題の通り、先日、嵯峨野の小倉山常寂光寺を訪れました。

この常寂光寺は、文禄4年(1595)、方広寺大仏殿の千僧供養に出仕せず、
不受不施の教義を守った日禎(本圀寺十六世、権大納言広橋国光の子)が、
本圀寺を出て、隠棲の地として開山したことに始まるのだそうです。

なお、この日禎上人には、
三好吉房・瑞龍院日秀(秀吉の姉夫婦ですね)、小早川秀秋、加藤清正、小出秀政、
その他、京の町衆に帰依者が多かったそうで、
当寺の堂塔伽藍は、そうした帰依者の支援のたまものといえそうです。
たとえば、小倉山を提供したのは角倉了以と栄可(了以の従兄にして舅だそうです)という風に。

…と、この辺りのことは付け焼刃でありますので、
ご興味の向きは(すみませんが)お調べになられて下さい。

※方広寺大仏殿の千僧供養については、
 河内将芳氏『秀吉の大仏建立』(法蔵館、2008年)などを参照。
 日蓮(法華)宗では、この千僧供養に出仕するかしないかで
 宗派内に大きな対立を引き起こしたそうであります。

本堂です。慶長年間に伏見城の客殿が小早川秀秋の助力によって当寺に移築されたのだそうです。

常寂光寺本堂

多宝塔(重要文化財)です。元和6年(1620)の建立。

常寂光寺多宝塔

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戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)など。

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