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八丈島訪問など

11月10日(土)、八丈島を訪問しました。

客船にっぽん丸での八丈島観光に、
山陽新聞旅行社様のご依頼で同行いたしまして、
あわせて宇喜多秀家に関する講演を行いました。

講演は短い時間でしたが、
無事盛況のうちに終わり、ほっといたしました。

今回は関ヶ原以降の、八丈島時代の秀家について、
旧臣や加賀藩前田家、芳春院(豪姫生母)との関係などからも
お話しすることができました。

また快適な船旅でありまして、関係各位に深謝する次第です。

八丈島の模様は、文章よりも写真の方が雄弁ですので、
以下、何枚か。

八丈島到着時
八丈島到着時

歴史民俗資料館(旧東京都八丈支庁)
歴史民俗資料館(旧東京都八丈支庁).

宇喜多秀家墓(元々の墓石は傍らの卒塔婆型の墓石)
宇喜多秀家墓

宗福寺(秀家の菩提寺)
宗福寺

大阪隧道からの眺望(左側に八丈小島、右側に八丈富士。沖ににっぽん丸)
大阪隧道からの眺望

独特の玉石垣。石一つ30kgだそうです。
玉石垣

********************

まったく別件ですが、
私自身いろいろ考えたことのある宇喜多騒動について
桐野作人氏がブログにて興味深い言及されています。
ご関心のある方はご一読をおすすめします。

※私見は拙著『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(岩田書院、2010年)などに
 詳説した通りです。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

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戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)など。

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