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宇喜多秀家内室(豪姫)の墓所

豪姫(備前君)墓所

金沢市野田山、前田家墓地
宇喜多秀家内室の墓所、五輪塔です。

前田利家の四女であった彼女(1574~1634)は
羽柴(豊臣)秀吉の養女にもらわれて
備前岡山の大名宇喜多秀家に嫁ぎました。

一般に豪姫の称で有名な彼女は、秀吉からは「五もじ」と呼ばれ、
文禄年間(1592~96)以降は「南御方」と改めます。
秀家の没落後は兄の前田利長のもとへ引き取られ、
加賀国金沢城下に住まって「備前君」と呼ばれたそうです。

前田利長墓所

彼女は、実兄である前田利長の墓所(写真)の奥で眠っています。

なお、10尺2寸(309cm)の彼女の五輪塔には、
「寛永十一年」
「樹正院殿命室寿晃大禅定尼」
「五月二十三日」

と、彼女の没年月日と諡号が刻まれています※
※参考:芝田悟氏「野田山墓地の石造物」
(『野田山・加賀藩主前田家墓所調査報告書』2008年)


訪れてただただ、感慨深いものがあります。

いくつもの歴史小説の主人公としても著名な彼女については、
たとえば、藤島秀隆氏「豪姫伝承の謎」(『市史かなざわ』10、2004年)
大桑斉氏『おふり様と豪姫―宇喜多秀家の隠された息女と内室豪姫―』
(真宗大谷派善福寺、2011年)など、
石川県地方では現在もなお、注目され研究がつづけられています。
秀家の地元岡山県地方でも(岡山商工会議所の取り組みなど)
ここ最近、彼女への関心は高まっているようです。

また、秀家内室としての彼女については、
以下の拙著『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』でも詳しく検討しています。

ご興味の向きは、拙著『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』とあわせて、
ご高覧いただければ幸いです。
ご購入はこちらからでも

大西泰正著
『「大老」宇喜多秀家とその家臣団 
    続豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』

岩田書院、2012年4月刊行

A5判・162頁・並製本・カバー装・2200円(税別)

<主要目次>
序 章
第1章 「大老」宇喜多秀家
 〔コラム1〕宇喜多氏と初花肩衝
 〔コラム2〕秀家、それから備前中納言
第2章 豪姫のことども
 補論1 洛陽浮田町の松
第3章 富川達安をめぐって
 補論2 本多政重の仕官
第4章 花房秀成の基礎的考察
 補論2 宇喜多騒動をめぐって
終 章
余 録 ―あとがきに代えて―


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戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論集加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類』(桂書房)、『宇喜多秀家』(戎光祥出版。シリーズ実像に迫る13)、『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)、『前田利家・利長』(戎光祥出版)など。

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