FC2ブログ

明石掃部のことども

小著『明石掃部の研究』(昨年12月刊)と同時期に
以下の書物が刊行されました。
本日ようやく手にすることができましたので、
以下、簡単に紹介をしたいと思います。

※2013年1月26日追記
 本ブログup後、小川博毅氏より下記の御本をご恵贈いただきました。
 この場を借りて厚く御礼申し上げます。


小川博毅氏『史伝 明石掃部 ー最後のキリシタン武将ー』
(橙書房、2012年12月)

非常な労作です。
様々な文献にあたられて明石掃部という人物の謎、
――掃部の出生年や、掃部の実名および「全登」の読み方、
  大坂の陣後の消息などなど――
に挑戦されています。


「全登」が掃部の洗礼名(ジュスト)に漢字をあてたもの、といった新鮮な論断や、
掃部の馬印に関する見解などには興味が尽きませんし、
文献史料だけでなく考古の成果にも目を通されて、
その叙述に取り入れられているのには頭が下がりました。
掃部の係累についても詳しい整理があって勉強になります。

拙稿も複数ご参照いただいたいるようで有難い限りです。

ちょっと欲を言えば、掃部の母を直家の異母妹としたり、
天正13年の四国攻めを掃部の初陣とする等々の記述には、
事実か否かの検討や、それがどういう根拠に基づいているのか、
個人的に今少しフォローが欲しかったように思います。

また、氏が掃部の実名確定の根拠とされる「牧山家文書」所収の掃部書状
については、前原茂雄氏※が料紙・筆勢等から懐疑的な指摘をなされていますので、
この点は今少し検討が必要かもしれません。
(ちなみに、氏は上記書状の署名を「榮行」と読まれています)
※前原氏「戦国期美作における土豪の歴史的見解」(『矢筈山』6、2011年)

***

以上、見解の相違は多々ありますが、上述の小著『明石掃部の研究』※とは、
また一味違った視点・方法でまとめられた明石掃部の「史伝」です。
ご興味の向きは、小著とあわせてご確認くださればと思います。

※拙稿「明石掃部の基礎的考察」(『岡山地方史研究』125、2011年)と、
 これを土台とした小著『明石掃部の研究』では、
 先行研究の整理・検証、および従来明らかでなかった宇喜多氏家中における
 掃部の立場や動向を主に検討を加えています。
 岡山県内の図書館等でご確認いただければと思います。


**********************************************************

↓よろしくお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

zeigen

Author:zeigen
戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論集加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類』(桂書房)、『宇喜多秀家』(戎光祥出版。シリーズ実像に迫る13)、『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)、『前田利家・利長』(戎光祥出版)など。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード