FC2ブログ

初花の肩衝

よくわからないことは多いもので、
標題の初花の肩衝の伝来についてもその一つです。

かつて、その伝来経路と宇喜多氏との関係について云々したことがありました※が、
この茶入れ、楊貴妃の油壺だったというのは眉唾だとしても、
信長と一緒に本能寺の変の折に焼けて行方不明、
それが何故か三河の地侍の所有に帰していて、家康→秀吉→宇喜多秀家と渡り、
そのあと徳川氏の手に戻って(この間の詳細不明)、
大坂の陣を経て松平忠直のもとに移ります。
忠直はこれを叩き割ったともいいますが、よくわかりません。

…で、現在は徳川記念財団が管理しています。

忠直が叩き割ったのは作り話としても、一度本能寺で焼けたはず…。
でも、現物(重要文化財)はちゃんと残ってるからなぁ…。

※拙稿「宇喜多氏と初花肩衝」(『宇喜多家史談会会報』第25号、2008年)

**********************************************************
↓よろしくお願いしますm(_ _)m
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
スポンサーサイト

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

zeigen

Author:zeigen
戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論集加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類』(桂書房)、『宇喜多秀家』(戎光祥出版。シリーズ実像に迫る13)、『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)、『前田利家・利長』(戎光祥出版)など。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード