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大徳寺塔頭総見院

先日、大徳寺の塔頭総見院を訪ねました。
(昨日まで秋の特別公開をしておりました)
天正十一年(1583)、羽柴秀吉が信長一周忌の追善に建立したものです。
写真は信長一族の供養塔です。

総見院信長一族供養塔

写真左から

・織田秀雄(信雄嫡男)
・織田信雄(信長二男)
・織田信長
・織田信忠(信長嫡男)
・羽柴秀勝(信長四男)
・織田信高(信長七男)
・織田信好(信長十男)


……の五輪塔であります。
本堂では信長一族の位牌、それから信長木像を拝しましたが、
木像は大きさ(三尺八寸)といい、雰囲気といい、
気を呑まれるというのはこういうことなのか、という印象をうけました。

秀吉が当院を建立するのと同時に彫らせたもので、
廃仏毀釈の折、本山に退避し、昭和に至って戻されたそうですが、
ほぼ制作された当時のままでしょう、残されているのは有り難いことだと思います。

先年、京都国立博物館で見た狩野永徳の信長像も、異様な印象がありましたが、
今回はまた別種の、独特の雰囲気がありました。

紅葉

紅葉の時期も、もう終わりです。今年もあと少し。。。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

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Author:zeigen
戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論集加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類』(桂書房)、『宇喜多秀家』(戎光祥出版。シリーズ実像に迫る13)、『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)、『前田利家・利長』(戎光祥出版)など。

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