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受贈御礼など

依然、冷え込む日が続きます。
関東・東北地方では予断を許さない状況が続いており、
ただただ平穏な日々の戻ってきますのを願うばかりです。

先日来いろいろと抜刷を頂戴しております。
ここでのご紹介をもって、御礼に代えさせていただきます。

片山正彦氏「書評と紹介 大西泰正著『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』」
(『年報赤松氏研究』4、2011年2月)

拙著について文章を書いていただきました。感謝に堪えません。
こうして誌上で議論ができるというのは、実にありがたいことです。
いただいたご意見には、今後、研究成果のかたちでおこたえして参りたいと思います。

また、『史学雑誌』第120編第2号(2011年2月)の新刊紹介欄にて、
光成準治氏に拙著のご紹介をしていただきました。
ただただ有り難く、ご厚情には深謝申し上げる次第です。ありがとうございました。

駆け出しの身の上…、こうしたことの一つ一つに、私は支えられています。
周りの方々によって生かされている感を、今更ながら強く抱いております。

また、渡邊大門氏より玉稿「豊臣期宇喜多氏検地再考」
(『皇學館論叢』第43巻第6号、2010年12月)をいただきました。
上記同様、厚く御礼申し上げる次第です。いつもいただいてばかりで申し訳のないことです。

***

私にも時折、何故か読みたくなる本がいくつがあります。
そうして、年に何度か、読み返すことを続ける本があります。

そのうちの一冊が
川瀬一馬氏『随筆 柚の木』(中公文庫)です。

何故でしょうか、一つ一つの文章に、心を打たれます。
学問・研究に対する姿勢について、深く考えさせられます。

たとえば、
自身のことをかえりみると、また、自分自身の書いたものを読み返すと、
研究対象に対する思い・思い入れが、どうも強い、強すぎるように思わることがあります。
つとめて冷静でありたいと、それは常に心がけるところでありますが、
まだまだ修養が足りないということなのでしょう。つたない部分ばかりが目立ちます。

けれども、たとえば下記のような一節に救われもしています。

※川瀬一馬『随筆 柚の木』「初対面」より------------------------
君は勉強しているようだが、一体何になりたいと思ってやっているのかと聞かれた。
それは後から思うと、あるいは先生が、私は高等師範から文理科大学へ学んでいるもの
だから、研究生活をすることを不思議に思われたためであったかもしれないが、
その時はとっさに、
「私は別に何になりたいと思って勉強しているわけではございません。
 ただ好きでやっているのでございます。」と答えた。
それに対して先生はほほえまれながら、「ああそれでよいのだ。」と言われた。

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拙著の「あとがき」にも書きましたが、私もただ、ただそれだけです。

ごくごく普通の会社員の自分(の研究、あるいは研究に類するもの)を支えているのは、
ただ、好きでやっている、それだけです。
不見識だとお叱りをうけるかもしれませんが、自分はそれだけの人間です。

脈絡のないことを書きました。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

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戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論集加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類』(桂書房)、『宇喜多秀家』(戎光祥出版。シリーズ実像に迫る13)、『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)、『前田利家・利長』(戎光祥出版)など。

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