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【受贈御礼】森脇崇文氏「豊臣期大名権力の変質過程―備前宇喜多氏の事例から―」

畏友森脇崇文氏より下記の抜刷をご恵贈いただきました。

「豊臣期大名権力の変質過程―備前宇喜多氏の事例から―」
『ヒストリア』225、2011年4月

欣快事であります。ただただ嬉しいというほかありません。
森脇さん、有難うございます。厚く御礼申し上げます。

付記にあります通り、このご論考の骨子は、
2008年11月の研究報告の時点でほぼ固まっていたものでありますが、
さらに遡りますと、その源泉には、
2006年3月の岡山地方史研究会でのご報告(題目「宇喜多氏の家臣団統制と領国支配」
がありました。新鮮かつ刺激的なご報告で、私自身よく記憶するところです。

以来5年が経ちました。内容の充実は勿論ですが、
それ以上に、森脇さんのご研鑽の成果を、
こうして活字で拝読する機会を得ることができまして、非常に感慨深いものがあります。
私自身、宇喜多氏の研究を進める上で森脇さんには随分助けられました。
改めてそのことに思いを致すと、感謝の言葉がみつかりません。

ご興味の向きは、是非上記のご論考をご覧いただればと思います。
秀家期宇喜多氏権力の変革と、それにともなう支配体制・家臣団構造の変化について、
実証的に検証しておられます。
「浮田」名字の創出とその意義(宇喜多庶流に対しては当主への従属を促し、
 一族以外の場合は当主との関係強化を強調するために…)など、
刺激的で興味深い議論には、敬服の一語です。

また、分析対象は宇喜多氏ですが、検討過程で取り上げる問題を
宇喜多氏のみに矮小化せず、タイトルの通り豊臣期大名権力総体を見据えて
議論を進めておられます。

なお、蛇足ではありますが、この森脇さんのご論考に加えて、
拙著『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(岩田書院、2010年)
先月出ました拙稿「富川達安をめぐって―豊臣期宇喜多氏権力の一断面―」(『倉敷の歴史』21、2011年3月)
などをあわせてご覧いただけますと、ありがたいです。
部分々々での見解の相違なども(当然ながら)あるわけで、
私自身に引き寄せて言えば、
そこのところを今後の課題の一つとして、みずからの研究を進めていきたいと思います。

以上、例によって乱文…失礼いたしました。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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戦国・織豊期を中心に、あれこれ考えています。
単著『論集加賀藩前田家と八丈島宇喜多一類』(桂書房)、『宇喜多秀家』(戎光祥出版。シリーズ実像に迫る13)、『論文集宇喜多秀家の周辺』(同刊行会)・『宇喜多秀家と明石掃部』・『「大老」宇喜多秀家とその家臣団』・『豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家』(以上、岩田書院)・『明石掃部の研究』(同刊行会)、編著『備前宇喜多氏』(「論集戦国大名と国衆⑪」岩田書院)、『前田利家・利長』(戎光祥出版)など。

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